万葉集入門
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現存する日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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由縁(ゆえん)ある、并(あは)せて雑歌(ざふか)

昔者娘子(むかしをとめ)ありき。字(あざな)を桜児(さくらこ)と曰(い)ふ。時に二(ふたり)の壮士(をとこ)あり。共にこの娘(をとめ)を誂(あとら)ひて、生(いのち)を損(す)てて挌競(あらそ)ひ、死を貧(むさぼ)りて相敵(あた)る。ここに娘子なげきて曰はく。「古(いにしへ)より今に至るまで、聞かず。、見ず、一(ひとり)の女の身の、二つの門(かど)に往適(ゆ)くといふことを。方今(いま)、壮士(をとこ)の意和平(こころにき)び難きものあり。妾(わ)が死にて、相害(あひそこな)ふこと永(なが)く息(や)まむには如(し)かじ」といふ。すなはち林の中に尋ね入りて、樹(き)に懸(さが)りて経(わな)き死にき。その両(ふたり)の壮士哀慟(をとこかなしび)に敢(あ)へずして、血の泣襟(なみだころものくび)に漣(なが)れ、各々心緒(おのがじしおもひ)を陳(の)べて作れる歌二首

由縁:訳
昔、一人の少女が居た。名を桜児と言った。その頃、二人の男が居てともに桜児に恋をした。命を捨てて競い合い、死も恐れずに争い合った。そこで桜児は涙を流して言った「昔から今に至るまで聞いたことがない。一人の女の身で二人の男の妻になったということを。今、二人の青年の心は鎮めようもない。私が死んで争いを終わらすのが一番良いのだ」と。そのまま桜児は林の中に入って行って、樹の枝に首を吊るして死んでしまった。二人の男は悲嘆のあまり血の涙を襟に流して、それぞれに思いを述べて作った歌二首。

春さらば插頭(かざし)にせむとわが思(も)ひし桜の花は散りにけるかも 〔その一〕

巻十六(三七八六)
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春が来たなら插頭(かざし)にしようと思っていた桜の花は散ってしまったよ
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この歌は万葉集巻十六の冒頭に置かれた有名な歌物語の一首です。
歌の後に〔その一〕と番号が振ってあるのは、この一連の歌が歌物語として後の世に歌誦された形跡でしょうか。

万葉集巻十六は、その構成を「由縁(ゆえん)ある、并(あは)せて雑歌(ざふか)」とされており、由縁のある雑歌が収録されています。
「由縁ある、并せて雑歌」は、文字通り読むと、「由縁のある歌と雑歌」のようにも取れますが、巻十六の実際の構成を見ると「由縁のある雑歌」と取るのが妥当なようで、「由縁のある、そして雑歌」といった意味でこう表現されたのかも知れませんね。

そんな「由縁ある、并せて雑歌」の冒頭に置かれた歌ですが、題詞の由縁によると、昔、桜児という美しい少女が居たのだそうです。
その少女をめぐって二人の男が命も顧みずに争ったのだと云います。
そんな二人の争いを見て桜児は「一人の女の身で二人の男の妻になったなど昔から今に至るまで聞いたこともない。私が死んで争いを終わらすのが一番良いのだ」と言って、林に入って行って首をつって死んでしまったのだとか。
二人の男は血の涙を流して悲しみ、そしてそれぞれに歌を作ったのだと云います。

その一つがこの巻十六(三七八六)の歌で「春が来たなら插頭(かざし)にしようと思っていた桜の花は散ってしまったよ」と、桜児の名に懸けて桜の命が散ってしまった哀しみを詠っています。
「插頭にしようと思っていた」とは、自身の身に着ける插頭のように桜児に常に側にいてほしかったとの思いなのでしょうね。

古事記のマトノヒメ伝説にも同種の話がありますが、このような恋の争いのために自ら命を絶った娘子の存在は当時の人々に深い感慨を与えたようです。


奈良県橿原市大久保町の大久保公民館前(大窪児童公園内)にあるこの歌の歌碑。



歌碑の解説。



春さらば插頭にせむとわが思ひし…ヤマザクラ。


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万葉集巻十六の他の歌はこちらから。
万葉集巻十六


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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