万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)
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近江の荒れたる都を過ぎし時に、柿本朝臣人麿(かきのもとのあそみひとまろ)の作れる歌
玉襷(たまだすき) 畝火(うねび)の山の 橿原(かしはら)の 日知(ひじり)の御代(みよ)ゆ〔或(ある)は云はく、宮ゆ〕 生(あ)れましし 神のことごと 樛(つが)の木の いやつぎつぎに 天の下 知らしめししを〔或は云はく、ましける〕 天(そら)にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え〔或は云はく、空みつ 大和を置き あをによし 奈良山越えて〕 いかさまに 思ほしめしか〔或は云はく、おもほしけめか〕 天離(あまざか)る 夷(ひな)にはあれど 石走(いはばし)る 淡海(あふみ)の国の 楽浪(ささなみ)の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇(すめろき)の 神の尊(みこと)の 大宮は 此処と聞けども 大殿は 此処と言へども 春草の 繁く生(お)ひたる 霞立ち 春日(はるひ)の霧(き)れる〔或は云はく、霞立ち 春日か霧れる 夏草か 繁くなりぬる〕 ももしきの 大宮処(おほみやどころ) 見れば悲しも〔或は云はく、見ればさぶしも〕
巻一(二九)
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美しい襷をかける畝傍の山の、橿原の地に都を為した天皇の御代からずっと〔或は云はく、宮から〕、お生まれになられた現人神のことごとくが、樛の木のように次々に天下をお治めになられたのだが〔或は云はく、お治めなさったという〕天に充ちる大和を後にして、青丹もよい奈良の山を越え〔或は云はく、天に充ちる大和を後に、青丹もよい奈良山を越え〕、いかなるご配慮からか〔或は云はく、いかなるご配慮をされたのか〕、天道離れた田舎にはあるけれど、岩はしる近江の国の楽浪の大津の宮に天下をお治めになったと聞く天皇の大宮はここだと聞くけれど、大殿はここだと言うけれど、春草の生い繁って霞が立って春の日は煙っている〔或は云はく、霞が立ち、春の日は煙っているのか夏草が生い繁る〕、ももしきの大宮のあたりを見ると悲しいことです〔或は云はく、見れば寂しいことです〕
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この歌は柿本朝臣人麿(かきのもとのあそみひとまろ)がかつて天智天皇の都のあった近江の側を通ったときに詠んだ長歌です。
柿本人麿(柿本人麻呂)は万葉初期を代表する歌人で、おそらくは朝廷に仕えて天皇や朝廷のために儀式的な歌を詠む宮廷歌人だったのではないかと云われています。
この長歌ではそんな人麿らしい重奏な「調べ(リズム)」の見事な歌に仕上がっていますね。
「畝傍の山」は現在の奈良県橿原市にある大和三山のひとつの畝傍山(うねびやま)で、この歌の冒頭部分は第一代天皇である神武天皇のことを詠っています。
そんな「神武天皇の御代から次々にお生まれになった天皇が代々お治めになった大和盆地を後にして、天智天皇が都を置かれた大宮はここだと聞くけれどその面影はもうない」と、壬申の乱の後に廃れてしまった近江宮を見て悲しんでいるわけですね。
古代の人々は各地の土地の神の存在を信じ、その土地が繁栄するのは地の神の力によってだと考えていたようです。
そして、土地が廃れてしまうのは神の力の衰退と感じて、荒廃した土地を訪れたものは柿本人麿のこの歌のように土地の神を慰める歌を詠みました。
近江の京は天智天皇によって京が置かれた場所ですが、その繁栄が大きければ大きいほど、廃れたときの寂しさは増して見えたことと思います。
この歌も、土地の神を慰める鎮魂の呪術歌であると同時に、かつての近江の繁栄を知る人麿の悲しさが率直に表現された歌のようにも感じますね。
奈良県橿原市にある第一代神武天皇を奉った橿原神宮。
後ろにある山は大和三山のひとつ畝傍山(畝火山)。
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万葉集巻一の他の歌はこちらから。
万葉集巻一
万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。
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