万葉集入門
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日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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明日香皇女(あすかのひめみこ)の木瓲1(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并せて短歌

飛鳥(とぶとり)の 明日香(あすか)の河の 上(かみ)つ瀬(せ)に 石橋(いしはし)渡し〔一(ある)は云はく、石並(な)み〕 下つ瀬に 打橋(いちはし)渡す 石橋に〔一は云はく、石並みに〕 生(お)ひ靡(なび)ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生(お)ふる 打橋に 生(お)ひををれる 川藻もぞ 枯るればはゆる 何しかも わご大君の 立たせば 玉藻のもころ 臥(こや)せば 川藻の如く 靡かひし 宜(よろ)しき君が 朝宮を 忘れ給ふや 夕宮(ゆふみや)を 背(そむ)き給ふや うつそみと 思ひし時 春べは 花折りかざし 秋立てば 黄葉(もみぢば)かざし 敷栲(しきたへ)の 袖(そで)たづさはり 鏡なす 見れども飽かず 望月(もちづき)の いや愛(め)づらしみ 思(おも)ほしし 君と時々 幸(いでま)して 遊び給ひし 御食向(みけむか)ふ 城上(きのへ)の宮を 常宮(とこみや)と 定(さだ)め給ひて あぢさはふ 目言(めこと)も絶えぬ 然(しか)れども〔一(ある)は云はく、そこをしも〕 あやに悲しみ ぬえ鳥(とり)の 片恋嬬(づま) 〔一は云はく、しつつ〕 朝鳥の 〔一は云はく、朝霧の〕 通はす君が 夏草の 思ひ萎(しな)えて 夕星(ゆふつつ)の か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば 慰(なぐさ)もる 情(こころ)もあらず そこ故に せむすべ知れや 音のみも 名のみも絶えず 天地(あめつち)の いや遠長(とほなが)く 思(しの)ひ行かむ み名に懸(か)かせる 明日香河(あすかがは) 万代(よろづよ)までに 愛(は)しきやし わご大君の 形見(かたみ)かここを

※1「瓲」は原文では「瓦」偏+「缶」

巻二(一九六)
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飛ぶ鳥の明日香の川の川上に石橋を渡し〔一は云はく、石を並べ渡し〕、川下に木を打って橋を渡す。石橋に〔一は云はく、石の並びに〕生えて靡く美しい藻は、なくなってもまた生える。木の橋に生えて覆える川藻も、枯れてもまた生えてくる。それなににわが皇女は立たれると美しい藻のように、横たわると川藻のように靡いてむつみあった夫君の朝の宮をなにゆえお忘れになったのだろうか。夕べの宮をお去りになったのだろうか。この世の人と思っていた時には春には花を折って髪にかざし、秋になると黄葉をかざし、敷栲の袖をたずさえては鏡のように見ても飽きない満月のように愛しいとお思いになっていた夫君と、おいでになって遊ばれていた御食を捧げる城上の宮を永遠の宮とお定めになり、味鴨を目で見ることも口で語られることもなくなってしまった。それゆえに〔一は云はく、そのことを〕とても悲しみ、ぬえ鳥のように片恋いする夫君〔一は云はく、片恋しつつ〕、朝鳥のように〔一は云はく、朝霧のように〕通ってこられる夫君が、夏草のように悲しみに萎れ、夕星のように行き交い大船の揺れるように動揺されるのを見ると、お慰めする心すら失われる。そこにどんな術があるというのだろう。皇女のお噂だけでもお名前だけでも絶やさず、天地とともに長く思い慕っていこう。お名前に懸る明日香川は永遠に愛おしい皇女の形見だろうか。ここは。
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この歌は明日香皇女(あすかのひめみこ)の亡くなって殯宮(あらきのみや)に奉られた時に、柿本人麿(かきのもとのひとまろ)詠んだ挽歌です。
殯宮とは、埋葬に先立ち新城(あらき)を建てて祭ること。
木瓲(きのへ)は奈良県北葛城郡広陵町の城上でしょうか。
城上の場所は現在でははっきりと分かっていませんが、その候補地とされる奈良県広陵町赤部の周辺には古墳群が多くみられ、このあたりが大和朝廷と深いかかわりがあったことが推測できます。

ちなみに、明日香皇女は天智天皇の皇女で、天武天皇の皇子である忍壁皇子(おさかべのみこ)の妃。
つまりこの歌に出て来る「君(夫君)」は夫である忍壁皇子のことですね。

歌の内容としては明日香皇女の名前にも懸る明日香川の藻のように、夫君である忍壁皇子に靡いてむつみあった生前を詠い、なぜこの世をお去りになったのかと嘆いています。
そして亡くなった皇女を想いぬえ鳥のように片恋に嘆き、夏草のように悲しみに萎れる忍壁皇子の様子を詠うことで、現世を離れた明日香皇女の魂を慰める内容となっています。
永遠に絶えることのないここ明日香川は、愛おしい明日香皇女の形見だろうか…と。


奈良県明日香村の稲淵にある明日香川の石橋。
万葉の時代には明日香川に他にもこのような石橋が多く作られて、人々の生活橋として利用されていたようです。


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万葉集巻二


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万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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