万葉集入門
万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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うつせみと 思ひし時に〔一は云はく、うつそみと 思ひし〕 たづさへて わが二人見し 走出(はしりで)の 堤(つつみ)に立てる 槻(つき)の木の こちごちの枝(え)の 春の葉の 茂(しげ)きが如く 思へりし 妹(いも)にはあれど たのめりし 児(こ)らにはあれど 世の中を 背(そむ)きし得ねば かぎろひの 燃ゆる荒野(あらの)に 白栲(しろたへ)の 天領巾隠(あまひれがく)り 鳥じもの 朝立(た)ちいまして 入日(いりひ)なす 隠(かく)りにしかば 吾妹子(わぎもこ)が 形見(かたみ)に置ける みどり児の 乞(こ)ひ泣くごとに 取り与(あた)ふ 物し無ければ 男(をとこ)じもの 腋(わき)はさみ持ち 吾妹子(わぎもこ)と 二人わが宿(ね)し 枕(まくら)つく 嬬屋(つまや)の内に 昼はも うらさび暮し 夜はも 息づき明し 嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢(あ)ふ因(よし)を無み 大鳥(おほ)の 羽易(はがひ)の山に わが恋ふる 妹(いも)は座(いま)すと 人の言へば 石根(いはね)さくみて なづみ来(こ)し 吉(よ)けくもそなき うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えぬ思へば

巻二(二一〇)
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現実の世と思っていた時に〔一に云はく、現実の世と思っていた〕、手をたずさえて僕たちが二人で見た、走り出すほど近くの堤に立っている槻の木のあちこちの枝に春の葉の繁っているように幾重にも思った妻であるけれど、先のことを頼んだ女性ではあるけれど、世の運命には背けなければ陽炎の燃える荒野に真っ白の天の領巾に隠れて、鳥のように朝に飛び立ち夕日のように消えてしまった。そんな妻の形見として残していった幼子が乳を乞い泣くたびに与えるものもなく、男らしくもなく腋に抱えて、かつて妻と二人で寝た枕につく。そんな寝床の中で昼はうらさび過ごし、夜にはため息をつき明けるまで嘆いてもどうすることも出来ず、いくら恋しても逢うことすら出来ないので、大鳥が羽を交わすあの山に僕の恋する妻がいますと人が言うので、岩を踏み越えて苦しみ来た。けれどもよいことなど何もなく、現実の世にいると思っていた妻が玉の輝くように仄かにすらも見えないと思えば…
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この歌も柿本朝臣人麿(かきのもとのあそみひとまろ)が妻の死を哀しんで詠んだ挽歌です。
「大鳥(おほとり)の羽易(はがひ)の山」とは巻向山と三輪山と竜王山の重なって見える山脈を言い、「そこに妻がいる(葬られている)」ことやこの歌の反歌のひとつに「衾道(奈良県天理市中山町)」とあることから、多くの場合は巻二(二〇七)の軽(奈良県橿原市)にいた隠妻とはまた別の女性と解釈されているようですね。
(ただ、「大鳥の羽易の山」を三輪山あたりと解釈するなら軽からもそれほどには遠くないですし、「衾道」も土地の名ではなく道をこのように表しただけとも考えられなくはないので、必ずしも軽の妻と別人とは限らない気も僕にはしますが。)

まあ、この時代は男女の関係はかなり大らかで婚姻も男が女の家(実家)に通う「通い婚」が普通でしたし、人麿のような官人には各地に何人かの地方妻がいることも珍しくなかったようですので一応、ここでも軽の妻とは別人と解釈しておきたいと思います。
この歌でも、そんな妻の一人を亡くした悲しみが切実に詠われていますね。
「あなたの恋する妻がいる(亡骸が眠っている)」と人が言う大鳥の羽易の山(龍王山か?)に登ってはみたけれど、妻の姿は仄かにすらも見ることは出来なかったとの、何とも言えない人麿の哀しさが現代にまでも蘇ってくるような気がしますね。

万葉集の時代は現代と違って医療もほとんど発達しておらず、このように病や疫病などで人が亡くなってしまうこともよくあったようです。
それゆえに現実とあの世の境界が今よりもはるかに身近に感じられて、この歌のような哀しい調べが生み出されたのでしょう。


奈良県明日香村の橘寺の西の入り口付近にこの歌の歌碑があります。
(橘寺と川原寺を挟む道路沿いにある公衆トイレの西の細い道を南に入ってすぐの場所。)



橘寺の西の入り口付近にあるこの歌の歌碑。



「大鳥の羽易の山」の解説碑と並んで立っています。
二つの碑の間からは「大鳥の羽易の山」が見れます。



二つの碑の間から遠くに見える「大鳥の羽易の山」。
左から龍王山、三輪山、巻向山。
真ん中の三輪山を鳥の胴、龍王山と巻向山を羽に見立てた表現ですね。



「大鳥の羽易の山」の解説碑。


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万葉集巻二


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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