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万葉集入門
万葉集入門
現存する日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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大伴坂上郎女の歌一首

尋常(よのつね)に聞くは苦しき呼子鳥(よぶこどり)声なつかしき時にはなりぬ

右の一首は、天平四年三月一日に佐保の宅(いへ)にして作れり。

巻八(一四四七)
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世の常には聞くのも切なくなる呼子鳥の声だけれども、そんな呼子鳥の声が恋しく感じられる季節になったことだなあ
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この歌は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)が詠んだ一首です。
左注によると天平四年三月一日に佐保(さほ)の大伴宗家の邸宅にて詠んだ歌とのこと。
おそらくは異母兄の大伴旅人(おほとものたびと)を訪ねて佐保に来ていたのでしょう。

歌の内容は「世の常には聞くのも切なくなる呼子鳥の声だけれども、そんな呼子鳥の声が恋しく感じられる季節になったことだなあ」と、呼子鳥を恋しく感じる季節の到来を詠った一首となっています。

「呼子鳥(よぶこどり)」は現代のカッコウのことでしょうか。
鳴き声が「かく恋ふ」と聞こえることなどから万葉の時代には人を恋しくさせる鳥として常には切なさを感じさせる鳥ですが、そんな呼子鳥の声が恋しく感じられる季節になったと坂上郎女は独特の感性で詠っています。
これは呼子鳥の鳴き出す初夏を前にして、「まだ呼子鳥の鳴き声は聞こえないかな…」との待ち遠しい気持ちを詠っているわけですね。

世の常には切なさを感じさせるだけの呼子鳥の声…
そんな実際に鳴き出したら切ない呼子鳥の声をも懐かしきものとして待ち遠しく感じる独自の感性は、さすがに万葉集後期(第三、第四期)を代表する女流歌人の坂上郎女ですよね。

以上、万葉集巻八の春の雑歌の部でした。


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万葉集巻八


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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