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万葉集入門
万葉集入門
現存する日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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春の相聞

大伴宿禰家持の坂上家(さかのうへのいへ)の大嬢(おほをとめ)に贈れる歌一首


わが屋戸(やど)に蒔(ま)きし瞿麦(なでしこ)いつしかも花に咲きなむ比(なそ)へつつ見む

巻八(一四四八)
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わが家の庭に蒔いた瞿麦はいつ花が咲くのだろうか。花が咲いたなら貴女だと思って見たいものです
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この歌は大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)が大伴坂上大嬢(おほとものさかのうへのおほをとめ)に贈った恋の一首です。
坂上大嬢は大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の娘で、後に家持の妻となった女性。
この歌から万葉集巻八の春の相聞歌の部に入ります。

「瞿麦(なでしこ)」は現代のカワラナデシコのこと。
歌の内容は「わが家の庭に蒔いた瞿麦はいつ花が咲くのだろうか。花が咲いたなら貴女だと思って見たいものです」と、庭に蒔いた瞿麦の種が花開くのを楽しみに待ちわびているとの一首ですね。
そしてそんな花開いた瞿麦を大嬢に見立てて眺めたいのだとの想いを詠っています。

家持はとくに瞿麦の花が好きだったようですが、可憐な瞿麦の花に譬えられて毎日眺めたいと口説かれては大嬢も素直に嬉しかったことでしょうね。
そんな自分の好きな花に愛する恋人を見立てて眺めたいとの、家持の繊細な恋心が詠われた素敵な一首のように思います。


瞿麦は現在のカワラナデシコのこと。
家持はとくにこの花が好みだったようです。



カワラナデシコは変種のエゾカワラナデシコとよく似ていますが、カワラナデシコの花の基部の苞が三〜四対あるのに対してエゾカワラナデシコのほうは苞が二対しかないことで区別がつきます。



カワラナデシコは花の基部の苞が三〜四対(三段〜四段)あります。


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万葉集巻八の他の歌はこちらから。
万葉集巻八


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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