万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)
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山川も依(よ)りて仕ふる神ながらたぎつ河内に船出せすかも
巻一(三十九)
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山の神も川の神も一丸となって仕え従う現人神(あらひとがみ)の天皇は、神そのものとして、いま激流ほとばしる河内に船出されようとしておられるよ
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この歌は先に紹介した巻一(三十八)の柿本朝臣人麿の長歌に付けられた反歌です。
まあ、内容はほぼ長歌の最後を繰り返すだけで、この歌だけが取り上げられることは滅多にないのですが、ちょっと持統天皇の吉野行幸の意味などについても書いておきたいのでここで紹介しておきますね。
この歌の詠まれた場所である吉野宮は、いまの吉野町宮滝の中莊小学校のあたりにあったといわれています。
当時の吉野は霊力の満ちた特殊な場所と考えられており、その霊力を授かろうと持統天皇による吉野行幸は計30回にも及びました。
藤原京のある飛鳥地方から吉野へ向かう道はいくつかありますが、この行幸に使われたのはおそらく今の明日香の柏森(かやのもり)と吉野の千股(ちまた)地区を結ぶ芋峠(いもとうげ)だろうといわれています。
実際に行ってみられればよく分かりますが、飛鳥から吉野の宮滝はかなりの距離があり、万葉の時代に普通の民衆が行き来することはほぼなかったと思います。
この距離と吉野の神秘性が、民衆を統べる上で非常に重要な意味を持っていたのではないでしょうか。
自分たちが行ったことのない霊力の満ちた場所である吉野に、天皇は神々の霊力を授かるために行幸される…
そんな畏怖感を民に与えられるだけでも、吉野へ何度も行幸することの価値は充分にあったのでしょう。
まあ、もちろん、実際に神々の加護や霊力を得ることが最大の目的であったことは間違いないですが。
柿本人麿について
奈良県新庄町にある柿本神社。
ここには持統天皇の吉野行幸に何度も同行した、万葉時代最高の宮廷歌人である柿本朝臣人麿(かきのもとのあそみひとまろ)が祭られています。
かつて天皇を神と詠った柿本人麿が死した後に自らも神として奉られているというのが興味深いですね^^
日本では人麿に限らず、人間は死ぬと神として奉られることが少なくありません。
たとえば豊国大明神となった豊臣秀吉や、東昭大権現となった徳川家康もそうですね。
柿本神社の横にある影現寺の本堂内には人麿像(普段は非公開です)があり、夜になると月の方角に首が回るという伝説もあります(笑)
柿本神社と影現寺は近鉄御所線新庄駅のすぐ前にありますので、お近くまでこられた方はぜひ一度お参りしてみて下さい。
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万葉集巻一の他の歌はこちらから。
万葉集巻一
万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。
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