万葉集入門
万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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或る本の歌に曰(い)はく

うつせみと 思ひし時に 携(たづさ)へて わが二人見し 出で立ちの 百枝槻(ももえつき)の木 こちごちに 春の葉の 茂(しげ)きがごとく 思へりし 妹にはあれど たのめりし 妹にはあれど 世の中を 背(そむ)きし得ねば かぎろひの 燃ゆる荒野(あらの)に 白栲(しろたへ)の 天領巾隠(あまひれがく)り 鳥じもの 朝立ちい行きて 入日なす 隠(かく)りにしかば 吾妹子(わぎもこ)が 形見に置ける 緑児(みどりご)の 乞(こ)ひ泣くごとに 取り委(まか)す 物しなければ 男(をとこ)じもの 腋(わき)はさみ持ち 吾妹子と 二人わが宿(ね)し 枕つく 嬬屋(つまや)の内に 昼は うらさび暮し 夜は 息づき明(あか)し 嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしを無み 大鳥の 羽易(はがひ)の山に 汝(な)が恋ふる 妹は座(いま)すと 人のいへば 石根(いはね)さくみて なづみ来(こ)し 好(よ)けくもぞ無き うつそみと 思ひし妹が 灰にていませば

巻二(二一三)
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現実の世と思っていた時に、手をたずさえて僕たちが二人で見た、立っている枝の多い槻の木の、あちこちの枝に春の葉の繁っているように幾重にも思った妻であるけれど、先のことを頼んだ妻ではあるけれど、世の運命には背けなければ陽炎の燃える荒野に真っ白の天の領巾に隠れて、鳥のように朝に飛び立ち夕日のように消えてしまった。そんな妻の形見として残していった幼子が乳を乞い泣くたびに与えるものもなく、男らしくもなく腋に抱えて、かつて妻と二人で寝た枕につく。そんな寝床の中で昼はうらさび過ごし、夜にはため息をつき明けるまで嘆いてもどうすることも出来ず、いくら恋しても逢うことすら出来ないので、大鳥が羽を交わすあの山に君の恋する妻がいますと人が言うので、岩を踏み越えて苦しみ来た。けれどもよいことなど何もなく、現実の世にいると思っていた妻が火葬されて灰になっているのだから…
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この歌も柿本朝臣人麿(かきのもとのあそみひとまろ)が妻の死を哀しんで詠んだ挽歌で巻二(二一〇)の歌の異伝として伝わっている一首です。
一読して分かるように内容そのものは巻二(二一〇)の歌とほぼ同じですが、特に大きな違いとしては最後の部分で妻が火葬されて灰になったと嘆いているところでしょうか。
日本における火葬は仏教の伝来とともに伝わり、それまでは土葬が常でした。
天皇では持統天皇がはじめて火葬されたと伝わっていますが、人麿の亡くなった妻もこの時代の新しい葬制である火葬で葬られたようで、そのことに対する人麿の複雑な心境がこの最後の句に表れているようですね。
おそらくは魂が入って肉体そのものが失われることで死者の復活が完全に断たれてしまうような気がして、当時の人々には火葬は大きな抵抗が感じられたのでしょう。


人麿の妻が葬られた大鳥の羽易の山(写真中央奥)。
明日香村橘寺の西からの眺め。


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万葉集巻二


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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