万葉集入門
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日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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松浦河に遊ぶの序

余暫(われたまたま)松浦の県(あがた)に往きて逍遙(せうえう)し、聊(いささ)かに玉島(たましま)の譚(ふち)に臨(いど)みて遊覧せしに、忽ちに魚を釣る女子(をとめ)らに値(あ)ひき。花のごとき容双無(かほならびな)く、光(て)れる儀匹(すがたたぐひ)無き。
柳の葉を眉(まよ)の中に開き、桃の花を頬の上に発(ひら)く。意気(こころばへ)雲を凌(しの)ぎ、風流(みやび)世に絶(すぐ)れたり。僕(われ)問ひて曰はく「誰(た)が郷誰(さとた)が家の児らそ。若疑(けだし)神仙ならむか」といふ。娘(をとめ)ら皆咲(ゑ)みて答へて曰はく「児(こ)らは漁夫(あま)の舎(いへ)の児、草庵の微(いや)しき者(ひと)にして、郷(さと)も無く家も無し。何(なに)そ称(な)を云ふに足らむ。ただ性(さが)水を便とし、復(また)、心に山を楽しぶのみなり。或るは洛浦(らくほ)に臨みて徒(いたづ)らに玉魚を羨み、乍(ある)は巫峡(ふかふ)に臥(ふ)して烟霞を望む。今邂逅(たまさか)に貴客(うまひと)に相遇(あ)ひ、感応に勝(あ)へずして、輙誠曲(すなはちわんきよく)を陳(の)ぶ。而今而後(またいまよりのち)豈(あに)偕老にあらざるべけむ」といふ。下官対(こた)へて曰はく「唯唯(をを)、敬(つつし)みて芳命を奉(うけたまは)る」といふ。時に日山の西に落ち、驪馬去(りばい)なむとす。遂に懐抱(くわいはう)を申(の)べ、因(よ)りて詠歌を贈りて曰はく

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私はたまたま松浦の地に行って風景を楽しんで歩き、少しの間、玉島の淵に立って遊覧していると、すぐに魚を釣る少女らに逢いました。その花のような顔は並べるものが無く、輝くような姿は比べるものが無いほどだった。まるで柳の葉を眉の中に見せ、桃の花を頬に咲かせているようだ。その心は雲よりも気高く、風雅な様は世に抜きんでていた。そこで私は訊ねて言った「どこの郷の誰の家の娘でしょうか、あるいは神仙の女人でしょうか」と。少女たちは皆笑って答えて言った「わたくしたちは漁夫の家の者です。草庵に住む賤しき者どもで申し上げるべき郷も家もありません。名前などお教えできる身分にはありません。ただ生まれながらに水に親しみ、心を山に遊ばせるのが好きなだけです。時には洛水の浦に臨んでいたずらに美しい魚を羨み、あるいは巫山の峡に臥して雲や霞を眺めています。今、高貴なお方に偶然に出逢い、感動に耐え切れずに心の中を打ち明けました。心の中を打ち明けたからにはどうして結婚の約束をせずにおられましょう。」と。私は答えて言いました「よくわかりました。つつしんでお気持ちを承け賜わりました。」と。しかし、時に日は西に沈み、馬を駆って帰らねばなりませんでした。ついに心の中の思いを述べ、歌を贈って次のように言いました。
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この一文は「松浦河に遊ぶ」と題された歌群の冒頭につけられた序です。
序文の作者は不明ですが、おそらくは大宰師の大伴旅人(おほとものたびと)の作かと思われます。

「松浦河」は佐賀県東松浦郡浜玉町を流れる玉島川のこと。
神功皇后物語に、松浦川では男子が釣りをしても獲れず、それゆえに女子のみが釣りをするという伝説があります。
この「松浦河に遊ぶ」と題された一篇の歌群はこの伝説をもとにした虚構なのでしょう。

序文ではまず主体(作者)が松浦の地で風景を楽しんで歩き玉島川で遊覧していると、そこで魚を釣る少女らに逢ったと語られています。
その少女らのあまりの美しさに「どこの郷の誰の家の娘でしょうか、あるいは神仙の女人でしょうか」と問うたところ、少女らは「わたくしたちは漁夫の家の者です。草庵に住む賤しき者どもで申し上げるべき郷も家もありません。名前などお教えできる身分にはありません。」と答えたそうです。

そして少女らは「生まれながらに水に親しみ、心を山に遊ばせるのが好きなだけです。時には洛水の浦に臨んでいたずらに美しい魚を羨み、あるいは巫山の峡に臥して雲や霞を眺めています。」とその境遇を語り、「今、高貴なお方に偶然に出逢い、感動に耐え切れずに心の中を打ち明けました。心の中を打ち明けたからにはどうして結婚の約束をせずにおられましょう。」と言ったそうです。

それに対して主体は「よくわかりました。つつしんでお気持ちを承け賜わりました。」と結婚の約束を承諾したけれども、日は西に沈んでもう馬を駆って帰らねばならなかった為に、心の中の思いを述べて歌を贈って次のように言いました…

と、こんな感じで巻五(八五三)以降の一篇の歌群に続く序となっています。


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万葉集巻五の他の歌はこちらから。
万葉集巻五


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県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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