万葉集入門
万葉集入門
現存する日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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十二年庚辰(かうしん)の冬十月に、太宰少弐(だざいのせうに)藤原朝臣広嗣(ひろつぐ)の謀反(むほん)して軍(いくさ)を発(おこ)せるに依りて、伊勢国に幸(いでま)しし時に、河口の行宮(かりみや)にして内舎人(うどねり)大伴宿禰家持の作れる歌一首

河口(かはぐち)の野辺(のへ)に廬(いほ)りて夜の経(ふ)れば妹(いも)が手本(たもと)し思ほゆるかも

巻六(一〇二九)
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河口の野のほとりに仮の宿りをしていると夜の更けるにつれて妹の手枕が思われるよ
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この歌は聖武天皇(しやうむてんわう)の伊勢行幸に従駕して旅先に居た大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)が、奈良の京に残してきた恋人を思って詠んだ一首です。

題詞にもあるように、天平十二(七四〇)年の十月に、大宰府(今の福岡県太宰府市)の地において太宰少弐(だざいのせうに)の藤原朝臣広嗣(ひろつぐ)が突如謀反を起こします。
藤原広嗣は藤原宇合(ふじはらのうまかひ)の長男でしたが、宇合たち藤原四兄弟が天然痘で次々に亡くなった後の朝廷の政治を左大臣橘諸兄(たちばなのもろえ)たちが主導して藤原家が冷遇されていることに不満を抱いていたようですね。

そんな広嗣の反乱に動揺した聖武天皇は突如として平城京を離れ、伊勢へ向かいました。
おそらくは伊勢神宮の神に反乱の早期鎮圧と天下の安寧を祈願しようとしたのでしょう。
その甲斐あってか、この伊勢行幸中に広嗣の乱は無事鎮圧(広嗣は処刑)されるのですが、それでも聖武天皇の不安は収まらなかったようで、この後、何度も遷都を繰り返すという五年間の京探しの旅が始まります。
まあ、それについてはここではあまり関係がないので、また巻六(一〇三七)の歌のときなどに解説したいと思います。

この歌は、そんな藤原広嗣の謀反に動揺した聖武天皇の伊勢行幸時に大伴家持が詠んだものですが、「河口の野のほとりに仮の宿りをしていると夜の更けるにつれて妹の手枕が思われるよ」と、旅先での不安な夜を奈良の都にいる恋人を思うことで鎮めようとした一首ですね。
「妹(いも)」とは妻や恋人に対して使う言葉で、この歌の「妹」が具体的に誰を指すのかははっきりとしませんが、やはり後に家持の妻となった大伴坂上大嬢(おほとものさかのうへのおほをとめ)でしょうか。

あるいは単に伝統的な羇旅(たび)の儀礼歌として、旅先で妻を思う形の歌を詠んだだけなのかも知れませんが…
どちらにしても家持の心にも恋の対象となる想い人がひとりぐらいは居たはずで、そのあたりおことを想像しながら読んでみるのも面白いかも知れませんね。


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万葉集巻六


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県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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