万葉集入門
万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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天皇の崩(かむあが)りましし後の時に倭大后(やまとのおほきさき)の作りませる御歌一首

人はよし思ひ止(や)むとも玉鬘(たまかづら)影に見えつつ忘らえぬかも

巻二(一四九)
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他の人はやがてあきらめてしまうのは仕方がないでしょう、でも私には美しい玉鬘のように天皇のお姿が目に見えて忘れることなどできないのです。
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この歌も先の巻二(一四七)巻二(一四八)の歌と同じく、天智天皇が崩御の前後に倭大后(やまとのおほきさき)が詠んだ三首の歌のうちの最後の一首です。
大化の改新(乙巳の変)で中臣鎌足とともに蘇我入鹿を討った巨星、天智天皇も近江宮でついにその生涯を終えます。
「他の人が天智天皇を還らぬ人とあきらめてしまうのは仕方のないことでしょう。でも私には天皇のお姿が今も目に見えて忘れることなど決してできないのです。」との、この倭大后の歌の詠い掛けは挽歌であるとともにどこか死者に対する恋歌のようでもあり、亡くなった天皇の魂を慰めるのにこれ以上ない語り掛けの言葉ともいえるでしょう。
たとえ亡くなってしまっても、死者の魂は側にあって自分たちのいる世界と繋がっているのだという万葉人の生死感がよく分かる一首でもありますね。

しかし、こうして読んでみると万葉集がどんな歴史書よりも正確に当時の人々の想いをそのまま伝えてくれる日本史の記録書にもなっていることに驚かされます。
この天智天皇の崩御前後を詠った歌の前に有間皇子事件の関連歌を並べた編集など、万葉集の編者であるといわれる大伴家持の意図したものもどことなく読み取れる気もしますね。

天智天皇は崩御前に弟の大海人皇子(おほしあまのみこ)を呼び、大海人皇子が跡を継いで天皇になるようにと勧めます。
しかし、それを天智天皇が自分(大海人皇子)の野心を疑ってのものと見抜いていた大海人皇子は断り、天智天皇の子の大友皇子を後継者に推して自分は大和の吉野に隠居してしまいました。

天智天皇の崩御後、その子である大友皇子(おほとものみこ)が近江朝廷の政を取り仕切り天智天皇の御陵を造ろうと人を集めますが、それを自分を討つための兵を集める口実と取った大海人皇子は吉野を脱出し挙兵します。
世に言う「壬申の乱」の始まりですが、この戦いで大海人皇子は勝利し後に飛鳥浄御原で即位して天武天皇となるのです。

まあ、そのあたりのことについては巻一などでも語っていますし、今後の万葉集の歌の中でも関連する出来事が詠われていますのでその都度、解説していきたいと思います。
これからしばらく天智天皇の崩御を悼んだ挽歌が続きます。


吉野桜木神社前にある「虎に翼を着けて放てり」の碑。
天智天皇から天皇の位を継ぐように勧められた大海人皇子は、それを自分の野心を疑ってのものと見抜いて断り大和の吉野に隠居してしまいました。
天智天皇の側近たちはみな、吉野に隠居した大海人皇子を「虎に翼を着けて放つようなものだ」と噂して恐れたといいます。


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万葉集巻二の他の歌はこちらから。
万葉集巻二


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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