万葉集入門
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現存する日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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あしひきの玉縵(かづら)の児今日の如(ごと)いづれの隅(くま)を見つつ来(き)にけむ 三

巻十六(三七九〇)
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あしひきの山の美しい縵をする児は今日私が見る道のどこを通って来たのだろうか
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この歌も先の巻十六(三七八八) や 巻十六(三七八九)の歌と同じく、耳無の池に身投げした少女、縵児を思って三人の男が詠んだとされる歌の一つです。
三人の男に同時に求婚されて思い悩み、遂には耳無の池に身投げして亡くなってしまった縵児。

「あしひきの」は「山」に懸る枕詞ですが、この歌の場合は被枕である「山」が枕詞に取り込まれて省略されているいわゆる被枕摂取(ひまくらせっしゅ)となっています。
「玉縵(たまかずら)」は、宝のように美しい「山縵(やまかずら)」の意味で、縵児(かづらこ)の名前から連想される植物のヒカゲノカズラを讃えることで縵児自身を讃えている言葉ですね。
あるいは縵児は実際に山縵を髪に飾っていたのかも知れませんね。

歌の内容は「あしひきの山の美しい縵をする児は今日私が見る道のどこを通って来たのだろうか」と、縵児かどの道を通って入水した耳無の池にやって来たのだろうかと想像しています。
この歌の男は、縵児に逢いたくて縵児の入水した耳無の池に出向いて行ったのでしょうか。
その道を辿る先々で、男は入水した縵児のことを思っては「彼女はあの日、どの道を通って池に行ったのだろう」と悲しみの涙を流したのでしょうね。
大切な女性を喪ってしまった男の哀しみが、この歌からもよく伝わってくるように思います。

ちなみに、先の巻十六(三七八九)の歌につづいて「あしひきの」の枕詞から始まる、しかも連作としての効果を活かす被枕摂取が行われているあたりにどこか同一人物による手が加えられている形跡を感じますが、これはおそらくはこれらの歌が歌物語として伝承される過程で手を加えられて洗練された結果なのでしょう。
後の世の歌物語集である「大和物語」には、柿本人麿の関連した歌として巻十六(三七八八)によく似た猿沢池に入水した采女を悼む歌が収録されていますが、あるいは万葉集の縵児伝説もまた、柿本人麿がその伝承に係わっていたのかも知れませんね。


耳成山の南麓、耳成公園の池。
この池は縵児が入水した池とは別のもの(縵児が入水した耳無山の西の池は現在は存在しません)ですが、ここに立つと縵児伝説が思い出されてどこか切ない感じがします。



ちなみに、奈良市の猿沢の池にもこれらの歌に関連したと思われる有名な「猿沢池の采女」の歌物語が、柿本人麿の作として現代に伝わっています。
それによると、奈良時代に帝(天皇)の寵愛が薄れたことを悲しんで采女が猿沢池に入水したのだそうです。
これらもおそらくは、大和の縵児伝説などが平城京に遷都後に形を変えて、猿沢池の物語として広まったのでしょうね。



猿沢池の采女伝説では次の二首の哀悼歌が伝わっています。

我妹子(わぎもこ)が寝くたれ髪を猿沢の池の玉藻と見るぞかなしき (柿本人麻呂)
訳:あの愛おしい采女のみだれ髪を猿沢の池の藻として見るのは辛いことだなあ

猿沢の池もつらしな我妹子(わぎもこ)が玉藻かつかば水もひなまし (帝の御歌)
訳:猿沢の池を見るのは辛いことだなあ、愛しい采女が美しい藻の下に沈んだのなら水は干乾びてくれればよかったのに

とくに二首目の帝の御歌とされるものは、万葉集巻十六(三七八八)の歌「耳無の池し恨めし吾妹子が来つつ潜かば水は涸れなむ」によく似ていますよね。
この時代(奈良時代)にはすでに亡くなっていたであろう柿本人麿の歌が登場するあたりにも、この手の歌物語の伝承に柿本人麿が関わっていたであろうことが想像されます。



猿沢の池の畔にある、入水した采女を奉った采女神社。
はじめ、池のほうを向いていた御殿が、入水した池を見るのが辛いと一晩のうちに背を向けてしまったとの伝説もあります。


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万葉集巻十六の他の歌はこちらから。
万葉集巻十六


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価620円〜〜1020円(税込み)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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