万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)
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わが欲(ほ)りし野島(のしま)は見せつ底深き阿胡根(あごね)の浦の珠(たま)そ拾(ひり)はぬ
或る本に云はく、わが欲りし子島(こしま)は見しを
右は、山上憶良大夫の類聚歌林を検(かむが)ふるに曰く「天皇の御製歌(おほみうた)云々」
巻一(一二)
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私の見たいと思っていた野島は見せてくださいましたが、底深い阿胡根の浦の珠はまだ拾ってはいません。
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この歌も巻一(一〇)の歌などと同じく、天皇が紀の温泉に出かけられた際に中皇命(なかつすめらみこと)が詠んだ一首。
左注によれば天皇自身の御製歌ということになりますが、その場合も中皇命の代作なのでは。
野島は和歌山県御坊市名田町野島のこと。
海の底の「珠」とは真珠でしょうか。
この時代の人々は、真珠などの丸いものに特に強力な霊力が宿ると信じてそれを身に付けることで自身の魂(霊力)を高めることが出来る(いわゆるタマフリ)と信じていたようです。
逆に霊力が弱まって魂が身体から離れてしまうことが病や死の原因とも考えていたようなので、このように自身の魂を活性化させてくれる「玉(たま)」を拾うことは命や長寿を拾うのと同じ意味が込められていたわけですね。
「私の見たいと思っていた野島は見せてくださいましたが、底深い阿胡根の浦の珠はまだ拾ってはいません。」というと、なんだか欲深い意味にも取れますが、この場合は天皇や中大兄皇子も含めた皆の長寿を願っての意味なのでしょう。
まあ、有間皇子(有馬皇子)事件と同時期であることから、中皇命(間人皇娘)が義理の子である有間皇子の命を救ってほしいと中大兄皇子に嘆願した歌とも取れなくはないですが、題詞など万葉集の編者と云われる大伴家持が斉明天皇の御代の中大兄皇子(天智天皇)の謀略にここまで気を使って歌の意図を曖昧にする必要もないかとも思いますので…
そのあたりも含めて額田王の巻一(一九)の歌からこの歌までの一連の行幸歌が、後の有馬皇子が詠んだ巻二(一四一)の歌へと繋がっていく流れは、当時を生きた人々の生の声を記録した日本史の資料としても非常に貴重なもののように思えますね。
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万葉集巻一
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県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。
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