万葉集入門
万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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うち日さす 宮へ上(のぼ)ると たらちしや 母が手離(はな)れ 常(つね)知らぬ 国の奥処(おくか)を 百重山(ももへやま) 越えて過ぎ行き 何時(いつ)しかも 京師(みやこ)を見むと 思ひつつ 語らひ居(を)れど 己(おの)が身し 労(いたは)しければ 玉鉾(たまほこ)の 道の隈廻(くまみ)に 草手折(たを)り 柴取り敷きて 床(とこ)じもの うち臥(こ)い伏(ふ)して 思ひつつ 嘆き伏(ふ)せらく 国に在らば 父とり見まし 家に在らば 母とり見まし 世間(よのなか)は かくのみならし 犬(いぬ)じもの 道に臥(ふ)してや 命過(いのちす)ぎなむ 〔一(ある)は云はく、わが世過ぎなむ〕

巻五(八八六)
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日の輝く朝廷へ上がるとて、たらちねの母の手元を離れ、普段は知らない他国の奥深い幾つもの山を越えすぎて行き、何時になったら奈良の都を見れるかと思いながら仲間と語らっていたけれど、わが身が苦しいので鉾を立てる道の片隅に、草を手折りて柴を取り敷き、それを借りの床にして横たえ伏しては、思い嘆いて思うことには、故郷に居たなら父が手を取って見てくれただろう、家にいたなら母が手を取ってみてくれただろう、世の中はこのようなものであるらしい、犬のように道に倒れて死んでゆくのだろうか〔一に云はく、わが命は過ぎるのだろうか〕
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この歌は相撲使いの某国司(官位姓名)の従人となって奈良の都へと向かう途中で亡くなった大伴君熊凝(おほとものきみくまこり)の死を悼んで、山上憶良(やまのうへのおくら)が詠んだ六首の歌のうちのひとつ。
正確には大典麻田陽春(だいてんあさだのやす)が詠んだ先の巻五(八八四)の歌と巻五(八八五)の歌に山上憶良が追和して詠んだものとなっており、麻田陽春の二首と同じくこちらの六首の歌も憶良が亡くなった熊凝になり切って詠んだものとなっています。

六首の最初に置かれたこの歌は長歌形式となっており、冒頭ではまず朝廷へ向かうために父母の手元を離れて他国の山々を越えて行った様子が詠われています。
そして旅の途上で病を得て道の片隅に草や柴を敷いて伏した様子が描写されています。
ただ飛鳥時代ならともかく奈良時代の相撲使いの国司の従人ならもう少しよい待遇を受けていたと思われ、この草を敷いて伏すなどの描写に関しては哀しさを演出するための憶良の過剰な描写かと思われます(実際には大伴君熊凝は安芸国の駅宿でなくなったとのことです)。

まあ、どちらにしても少し前の飛鳥時代などに比べれば旅も安全になったとはいえ、この熊凝や大伴旅人の妻のように、旅の途上や旅先で病を得てそのまま亡くなってしまうということもまだまだあったようですね。

歌の後半では故郷の父や母に想いを馳せて、犬のように死んでいかなければいけない人生の無常を嘆いています。

先にも書いたようにこの歌は憶良が大伴君熊凝になりきって詠んだもので実際に熊凝が詠った歌ではありませんが、死の床で熊凝が思ったこともきっとこの歌の内容とそう離れてはいなかったのではないでしょうか。


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万葉集巻五


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県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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