万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)
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跪(ひざまづ)きて芳音(ほうおん)を承り、嘉懽交(かくわんこもごも)探し、及(すなは)ち、龍門(りゅうもん)の恩の、復蓬身(またほうしん)の上に厚きを知りぬ。恋ひ望む殊念(しゆねん)、常の心に百倍せり。謹みて白雲の什(うた)に和(こた)へて、野鄙(やひ)の歌を奉(たてまつ)る。房前(ふささき)謹みて状(まを)す。
言問(ことと)はぬ木にもありともわが背子(せこ)が手馴(たな)れの御琴地(みことつち)に置かめやも
謹通 尊門 記室
十一月八日 還る使の大監(だいげん)に附す
巻五(八一二)
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言葉を話さない樹ではあってもあなたの弾き馴れた御琴ならば膝から離しません。
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この歌は巻五(八一〇) や 巻五(八一一)で、大伴旅人(おほとものたびと)が奈良の都の藤原房前(ふぢはらのふささき)に琴を献上したときに添えて贈った歌に、藤原房前が答えて贈った御礼の返歌です。
歌の内容は「言葉を話さない樹ではあってもあなたの弾き馴れた御琴ならば膝から離しません。」と、巻五(八一〇) や 巻五(八一一)の歌の内容を上手く引用した御礼の返歌となっていますね。
この歌で見ると藤原房前はなかなかに戯れを解する歌の才のある人物のように思えます。
実際、藤原不比等の子の藤原四兄弟(武智麿、房前、宇合、麿)の中でも政治的にももっとも才覚があったとのことですし、政治や遊びに共に優れた一角の人物だったのかも知れませんね。
藤原房前は藤原不比等の次男で、この頃には藤原四兄弟(武智麿、房前、宇合、麿)のひとりとして長屋王(ながやのおほきみ)が謀反の罪で自害した(巻三:四四一も参照)後の朝廷の政治を主導する立場にいました。
長屋王とともに皇親派の有力な旧来からの貴族であった大伴旅人にとっては藤原家は対立する側に居ましたが、長屋王が亡くなってしまった後はもはや藤原家の勢いを止める手立てはなく、旅人も表面上だけでも藤原家との関係改善を進める以外に大伴家が生き残る道はないと考えたのでしょうか。
一見、穏やかなこれらの戯れ歌からも、そんな苦悩の背景が見え隠れするようなそんな気もします。
ただ、人の力では止めることの出来る者のいないほどの藤原四兄弟の勢いも、この後、都に流行った天然痘で房前をはじめとする四兄弟全員が次々に亡くなり(長屋王の祟り説もあります)、しばらく藤原家が政治の中心から姿を消す不遇時代が続くことにもなるのですが…
ほんとうに、人間の世とは何が起こるのかわからないものですね。
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万葉集巻五
万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価637円〜〜1145円(税別)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。
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