万葉集入門
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日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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男子(をのこ)の、名は古日(ふるひ)に恋ひたる歌三首 〔長一首短二首〕

世の人の 貴(たふと)び願ふ 七種(ななくさ)の 宝もわれは 何為(なにせ)むに わが中(なか)の 生れ出でたる 白玉の わが子古日は 明星(あかほし)の 明(あ)くる朝(あした)は 敷栲(しきたへ)の 床(とこ)の辺(へ)去らず 立てれども 居(を)れども 共に戯(たはぶ)れ 夕星(ゆふつつ)の 夕(ゆふへ)になれば いざ寝よと 手を携(たづさ)はり 父母も 上(うへ)は勿放(なさが)り 三枝(さきくさ)の 中にを寝むと 愛(うつく)しく 其(し)が語らへば 何時(いつ)しかも 人と成り出(い)でて 悪(あ)しけくも よけくも見むと 大船(おほぶね)の 思ひ憑(たの)むに 思はぬに 横風(よこしまかぜ)の にふぶかに 覆(おほ)ひ来(き)ぬれば 為(せ)む術(すべ)の 方便(たどき)を知らに 白栲(しろたへ)の 手襷(たすき)を掛け まそ鏡 手に取り持ちて 天(あま)つ神 仰ぎ乞ひ祈(の)み 地(くに)つ神(かみ) 伏して額(ぬか)づき かからずも かかりも 神のまにまにと 立ちあざり われ乞ひ祈(の)めど 須臾(しましく)も 快(よ)けくは無しに 漸漸(やくやく)に 容貌(かたち)くづほり 朝(あさ)な朝(あさ)な 言ふこと止(や)み たまきはる 命絶えぬれ 立ち踊り 足摩(す)り叫び 伏し仰ぎ 胸うち嘆き 手に持(も)てる 吾(あ)が児飛ばしつ 世間(よのなか)の道

巻五(九〇四)
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世の中の人が貴んで手に入れたいと願う七種の宝も、私には何になろう。私たちの間に生まれ出た真珠のような我が子古日は、明けの星の輝く朝には、私の敷栲の床に寄ってきて去らず、立っていても座っていても一緒に戯れ、夕星を見る夕べには、さあ寝ようと手を携え、お父さんもお母さんも傍を離れないで三枝のようになって真ん中に寝たいと愛おしくその子が言えば、いつしか成人して悪くも良くも大人になった姿を見たいと、大船のように頼みに思っていたのに、予期せぬ邪悪な風が突然に覆って来たので、どうすればよいのか術も知らないで、区別も知らず、白栲のたすきを掛けて、真澄の鏡を手に取り持って、天の神を仰いでは乞い祈り、地の神に伏しては額を地面につけて祈り、どのようにも神の思し召しのままにと、取り乱して私は乞い祈るのだが、しばらくしてもよくはならずに、次第に姿は痩せて行き、朝ごとに言葉も少なくなって行き、魂の極まる命も絶えてしまった。わたしは立ち上がり狂い踊り、足を摩って叫び、伏して仰ぎ、胸を打っては嘆き、手に抱いている大切な我が子を飛ばしてしまったことだ。ああこれが世の中のことわりなのかと。
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この歌は古日(ふるひ)という名の幼子の死を悲しんで詠まれた三首の歌のうちのひとつ。
作者は記載されていませんが、巻五(九〇六)の歌の左注に「右の一首は、作者いまだ詳(つばひ)らかならず。ただ、裁歌(さいか)の体、山上(やまのうへ)の操(みさを)に似たるを以ちて、この次に載す。」とあるので、すくなくともこの巻五(九〇四)の長歌と次の巻五(九〇五)の歌の二首は山上憶良の作と思われます。

ただ、古日は山上憶良の子ではなく、憶良が筑前国司として筑前にいたころに交流のあった人物の子のようですね。
そんな知人の子である古日の死を悲しんで、古日の父の立場に立って憶良が詠んだ歌なのでしょう。

この長歌の冒頭ではまず、世の中の人が貴ぶどんな宝も自分にとっては古日の大切さに及ばないと父親の立場で詠っています。
このあたりは「子らを思へる歌」 などをも連想させる内容ですよね。
そして古日との思い出を具体的に並べて懐かしみ、古日の大人になった姿を見るのを楽しみにしていたと詠われています。

にもかかわらず、病に伏してしまった古日。
そんな我が子を救おうと天の神や地の神に祈ったにもかかわらず、悲しくも古日の容体は悪化しとうとう亡くなってしまったとあります。
「立ち上がり狂い踊り、足を摩って叫び、伏して仰ぎ、胸を打っては嘆き、手に抱いている大切な我が子を飛ばしてしまった」との表現に、我が子を喪ったその哀しさのほどが伺われますね。
この歌は実際には古日の父親が詠んだものではありませんが、おそらくこれは作者の憶良から見た父親の哀しむ姿そのものだったのでしょう。

こうして読むと、親が子供を愛する気持ちは万葉の時代も現在も何も変わらないことがよくわかりますよね。
同時に、病を治すために神に祈る様子が具体的に詠われていて、この時代の信仰や文化をうかがい知ることが出来るのも貴重な資料のように思います。

そんな亡くなった子を思う父親の哀しみを詠って、なんとも憶良らしい一首となっています。


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万葉集巻五


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万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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