万葉集入門
万葉集入門
日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)

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老いたる身に病を重ね、年を経て辛苦(たしな)み、及(また)、児等(こら)を思(しの)へる歌七首 〔長歌一首短歌六首〕

たまきはる 現(うち)の限(かぎり)は 〔瞻浮州(せんぷしう)の人の寿(よはひ)の一百二十年なるを謂ふ〕 平(たひら)けく 安くもあらむを 事も無く 喪(も)も無(な)くあらむを 世間(よのなか)の 憂(う)けく辛(つら)けく いとのきて 痛き瘡(きず)には 鹹塩(からしほ)を灌(そそ)くちふが如く ますますも 重き馬荷(うまに)に 表荷(うはに)打つと いふことの如(ごと) 老いにてある わが身の上に 病(やまひ)をと 加へてあれば 昼はも 嘆かひ暮し 夜(よる)はも 息衝(いきづ)きあかし 年長く 病みし渡れば 月累(かさ)ね 憂へ吟(さまよ)ひ ことことは 死(し)ななと思へど 五月蠅(さばへ)なす 騒(さわ)く児(こ)どもを 打棄(うつ)てては 死(しに)は知らず 見つつあれば 心は燃(も)えぬ かにかくに 思ひわづらひ 哭(ね)のみし泣かゆ

巻五(八九七)
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霊魂の極まる命のある限りは〔瞻浮州の人の寿命は百二十年であることをいう〕、平和であり平穏にありたいのに、無事に死の哀しみもなくありたいものを、世の中の悲しく辛く思われることには、わざわざ痛き傷にからき塩を注ぐというように、重い馬の荷物の上にさらに荷物を積むというように、老いたわが身の上に病気まで加えておれば、昼は嘆いて暮らし、夜はため息をついて朝を迎え、長い歳月を病んだまま過ごせば、幾月も愚痴を言い呻き、どうせなら死んでしまいたいと思うけれども、五月の蠅のように騒ぐ子供を打ち捨てては死ぬことも出来ず、子供を見ていれば心は逆に燃えて来る。ともかくも考えあぐねては、激しく泣けてきて仕方のないことだ
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この歌は山上憶良(やまのうへのおくら)が老いてまた病を重ねる自身の身と、子供らへの希望を詠んだ七首の歌のうちのひとつ。
先に紹介した漢文の「沈痾自哀の文」 や、漢詩の「俗道悲嘆の詩」と続いてきた人生の苦悩の最後を、和歌形式でまとめたものとなっています。

「瞻浮州(せんぷしう)」は仏典でいう人間界のこと。
歌の冒頭ではまず、そんな人の世に生きる限りは平和に平穏に暮らしたいと思うのに、実際には傷口にからき塩を注ぐように、重い馬の荷にさらに荷を重ねるように老いた身に病まで重ねて過ごさねばならない苦悩を訴えています。
けれども、子供のことを思うと死ぬことも出来ず、逆に子供のために頑張らねばと心が燃えて来る心情を詠い、生きることの悲しさを嘆いて一首を締めくくっています。

こうして読むと、人生の苦しさの中にも子供たちに希望を感じるなど、「貧窮問答の歌」 や 「子らを思へる歌」 などをも連想させるなんとも憶良らしい内容の一首ですよね。

山上憶良は筑前国守の任を終え(天平四年ごろ?)て、奈良の都へ帰った翌年ごろに亡くなったようです。
これらの人生の生き難きを嘆く漢詩や和歌はその間に詠まれたものだと思われますが、仏教思想の影響も受けてか憶良らしい人生の深みを感じさせてくれて、現代を生きるわれわれにも生きることの意味を深く考えさせられる内容になっていますよね。


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万葉集巻五


万葉集書籍紹介(参考書籍)
万葉集(1)〜〜(4)&別冊万葉集辞典 中西進 (講談社文庫) 定価637円〜〜1145円(税別)
県立万葉文化舘名誉館長でもある中西進さんによる万葉集全四冊&別冊万葉集辞典です。
万葉集のほうは原文、読み下し訳、現代語訳、解説文が付けられていて、非常に参考になりこの4冊で一応、万葉集としては充分な内容になっています。
他の万葉集などでは読み下し訳のみで現代語訳がなかったりと、初心者の方には難しすぎる場合が多いですが、この万葉集ではそのようなこともありません。

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