万葉集入門
明日香村へ行こう
万葉集の故郷、奈良県明日香村やその周辺の史跡などを紹介しています。
机の上での鑑賞だけでなく、ぜひみなさんも万葉集の歌が詠まれた現地を訪れて歌の心に触れてみてください。
(解説:黒路よしひろ)

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良助親王冬野墓(りょうじょほっしんのうふゆのはか)

今回は明日香村の冬野地区にある良助親王のお墓を紹介してみたいと思います。
かなりの山の中で、歩いていくのはちょっと大変ですが、車などで明日香村にお出かけの際にはぜひ訪れてみてほしいと思います。


石舞台前の道を談山神社方面へ東に進むと、このような場所に出ます。

「明日香村 畑」と書かれたこんな案内板が目印です。
この案内板の矢印のほうへ入ると、明日香村の畑・冬野方面に行く峠道があります。
(舗装された道なので車で入っていけます。)



峠道の入り口付近はこんな感じで綺麗に整備されています。



こんな感じの山道を、対向車に気をつけながら進んでいきましょう。



途中、こんな木の標がありますが、よく見ると下の部分に万葉集の歌の解説が書かれていました。



「御食向かふ南淵山の巌には降りしはだれか消え残りたる」柿本人麻呂集(巻九:一七〇九)



さらに道を進むと下畑へと別れる三叉路に出ます。

ここは左の道を進み上畑・冬野方面へ向かいましょう。
(ちなみに右の下畑方面への道は途中でかなり細くなり車では通れなくなるので気をつけてください。)



三叉路からさらに進んでしばらく行くと山の中に突然こんな立派な建物が現れてびっくりします^^;
この建物は明日香村のゴミ焼却場で、ここまで来た山道でも月曜日などにはけっこうゴミ収集車とすれ違います。



ゴミ焼却場から少し進むとこの様な開けた場所に出て、春には桜が綺麗に咲いています。
ここが「上畑」。
(左の細い鹿道を進むと「尾曽」の集落に行けるようですが僕は実際にこの道を入ったことはないのでよくわかりません^^;)

良助親王のお墓のある冬野へは右の広い道を進んでいきます。




途中、牛舎があってこうばしい匂いがしたりしますが、道添にさらに進んで行くと…



何もない峠道の中にこんな立派な御陵状のお墓が出現。
ここが良助親王冬野墓です。



宮内庁管理の立派なお墓ですね。

良助親王(1268−1318)は鎌倉時代の人で、亀山天皇の第8皇子だそうです。
文永5年に生まれ、母親は三条局。
弘安(こうあん)2年に京都青蓮院(しょうれんいん)の尊助法親王のもとで出家したのち親王となり、青蓮院門跡などを歴任したとか…



お墓の前にある良助親王冬野墓の石標。

ちなみにこの場所を訪れた書道家の榊莫山さんがこの石標の文字を見て「かつて見たこともない透明な楷書」と評されたそうです。



良助親王冬野墓の北にはこの様な道が続いていて、左の道を行けばすぐに冬野の集落に出ます。
(右の道は行き止まり)
冬野の集落は立派な家が残っていますが、現在では集落の人たちはみなさん別の地域に住んでいて、この冬野は休日などに別荘として使用してらっしゃるとか…
冬野の集落をさらに抜けると談山神社前の道に出ます。


明日香村
甘樫丘  雷丘  橘寺

石舞台  亀石  額田王の墓(植山古墳)

酒船石  亀形石造物  飛鳥寺

飛鳥坐神社  都塚古墳  くつな石

神なび  良助親王冬野墓

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